Research Proposal
植物と身体の媒介的遷移による視覚構造と身体知覚の研究
文星芸術大学 博士前期課程 2年次
馬 静怡 (マ・セイイ)
身体はどのように見られてしまうのか
植物を通した視覚構造の研究
【研究背景】
昨年の研究制作、植物をモチーフとした作品シリーズ『Soft Territories』では、現代の視覚的文脈の中で記号化された「裸体・欲望・ジェンダー役割」や「性のステレオタイプ」から距離を置いた、感覚的で多義的な写真表現を試みた。
現代の視覚文化において、身体はしばしば「見る/見られる」という構造の中に置かれ、その意味は性別や欲望と結びついた形で固定されやすい。このとき身体は、純粋な感覚的存在ではなく、あらかじめ意味づけられた「対象」として扱われる。
また「性」は身体そのものに内在するものではなく、視覚的文脈の中で生成される側面を持つ。その結果、本来流動的で個人的であるはずの身体感覚は、視覚によって上書きされる。
本研究は、このような身体の意味生成がどのような「見る仕組み(視覚構造)」によって支えられているのかに着目する。
一方で、身体経験は本来流動的で曖昧なものであり、記号化される以前の感覚的状態を含んでいる。本研究では、この未分化な身体感覚に接近する手段として、植物という非人間的媒介を導入する。
植物は人間の身体を直接的に表象するものではないが、その形態や質感(裂け、膨張、湿度、腐敗など)は身体的感覚と共鳴する。植物と身体のあいだを往還することで、「身体がどのように見られてしまうのか」という問題を、視覚構造の問題として捉え直すことを試みる。
【研究目的】
本研究の目的は、植物と身体のあいだにおける視覚的関係を通じて、写真における「見ることの構造」が身体の意味生成にどのように関与しているかを明らかにし、その構造を再考することである。
特に以下の問いを中心に制作・考察を行う:
・身体の「性化」はどのような視覚構造によって生じるのか
・植物という非人間的媒介は、身体の固定的な意味づけをどのようにずらすのか
・身体は「見られる対象」ではなく、「感知される経験」として提示可能か
・どのような条件によって、身体の対象化は弱められるのか
本研究は、身体を表現すること自体を目的とするのではなく、身体がどのように「見られてしまうのか」という視覚的条件そのものを問い直すことを目的とする。
【研究方法】
本研究は、写真による実践的制作と歴史的調査を往還しながら進める。
まず、写真史における身体表現を調査し、身体のステレオタイプを強化する表現と、それから距離を取ろうとする表現の双方を分析する。特に後者において、どのような視覚的手法が用いられているのかを整理する。
その上で、それらの手法に対する自身の見解をもとに複数の撮影実践を行い、結果を比較・検証する。
制作においては、特定の手法をあらかじめ固定するのではなく、試行を通して有効に機能した方法を選択・発展させる。
実践としては、植物から身体への段階的な移行を行う。
第一段階では花や果実を対象とし、形態や質感を通して身体的感覚を探る。
第二段階では身体を対象とし、植物段階で得られた視覚的感覚を踏まえながら、その見え方を再構成する。
【研究の意義】
本研究は、身体表現を単なる主題の問題として扱うのではなく、身体がどのように視覚構造によって「見られるもの」として成立しているのかを問い直す点に意義がある。
また本研究は、「性」や「身体」を新たに規定するのではなく、それらがどのように視覚的に構築されているのかを明らかにすることで、その見え方を揺るがす可能性を探るものである。
これにより、身体は固定された意味から一時的に解放され、「見られる対象」から「感知される経験」へと再提示される可能性を持つ。